忍法系譜 その拾参 根来流・後段
その肆 根来組中興
大炊頭の計画*1が思わぬ形で頓挫した後、根来お小人組は堀田筑前守の手飼いとなって権力闘争の渦中に身を投じる。
根来の一人可児千七郎*2の用いたのが紙を自在に操る「紙杖環」であった。これは一見して武器と分らないと言う点で隠し武器の一種と考えて良いだろう。
伊賀組を追い落とし新たに公儀の隠密を差配することになった根来組期待の若手が秦漣四郎と吹矢城助*3の二名であった。この頃には忍法も一人一芸ではなくなり二人は全く同じ忍法を修めて任務に就いている。その一つが泥を鋳型として肉体を変化させる「泥象嵌」である。
師匠の一人五明陣兵衛は「火消し独楽」と「裏切腹」の二つの忍法を使える。前者は独楽を用いて強弱自在の細い風を送るモノで、元来は遠い灯りを消すためであったらしい。後者は顎の口蓋に仕込んだ薄いカミソリを飲み込んで腹の中から突き出す技である。いずれも道具立てに拘る辺りが根来らしい。
この時生き残った秦漣四郎と吹矢城助の二人は何処へ行ったのだろうか。この先は想像でしかないのだが、逃げ込む先は根来の本貫地しかあり得ない。つまり彼らを迎え入れることで紀州における根来寺の真の再興が果たされたのではないか。
その伍 お庭番誕生
紀州お庭番の一人扇谷源三郎*4は首領藪田助八の命で江戸城大奥へ忍び込みそこの女たちを身籠もらせると言う脅威の任務をやってのけた。初代頼宣以来の経緯を考えると彼が根来流であることは間違いなかろう。彼の息は「春夢風」となり女達を快美の世界へ導くのだが、彼自身は快を殺す修行の果てに何も感じなくなっていた。
吉宗が目出度く将軍職に就くと、根来流の本家であった木曽根来組は江戸と尾張の抗争に巻き込まれほぼ壊滅状態になる。*5
後家のお絃は「傀儡廻し」により幾人モノ同胞を討つが、彼女自身が何者かの鏡の忍法に操られていたのである。一方、板倉半内はその死後、娘に憑いて自分を殺した相手を妻に伝えて自身の仇を討たせている。
根来組を継いだ漆織部は上下の視覚が逆転させる「逆流れ」の使い手であったが、妻である竜胆の「しだれ桜」(逆立ちして相手の男を誘い込み、相手の刀を両足で挟む。しかる後にくわえた刀で相手の胴を薙払う)の前に討たれることになる。
その睦 白河夜舟
吉宗の次男田安宗武は死の間際に七人のお庭番衆を江戸町奉行曲淵甲斐守*6に託す。甲斐守は大岡組と名乗る彼らを使って名奉行としての名声を確立し田沼時代を無事に乗り切る。
田沼主殿頭の命を受けたお庭番甲賀衆明楽飛騨守は政敵松平越中守を罠に除くべく、白河へくノ一を送り込む。お節*7は交合により男の面態を変えてしまう「羅相変」を使う。だが、その計画はすべて白河藩の隠密に捕まれていた。
甲賀忍者に填められた天羽周助は間一髪で助け出されたが、将軍の危篤がなければかなり際どかったのでは無いか。
*1 忍びの卍
*2 忍法鞘飛脚
*3 忍法双頭の鷲
*4 忍法阿房宮
*5 忍法しだれ桜
*6 天明の判官 目立った忍法が登場しないため角川版には収録されなかった。
*7 天明の隠密