巻の陸

 

§1 西国第一番札所(一)

 和歌山城下で助けた弥太郎少年を背負って馬を走らせる十兵衛。の前に原作には無い転生衆一番手田宮坊太郎の出陣場面が挿入。(と言うか前話からの重複シーンですが)

 海に入りたいとねだる場面と、おしっこ休憩を入れ替え。原作では一度馬上でやらかしたらしいのだが、その状況を十兵衛の慌てぶりから想像させる。弥太郎と十兵衛の会話もこのおしっこの最中に挿入。

 さてそのおしっこの間に足軽の一段が通過する。弥太郎がこの人数を数えていて行き帰りの人数が違っていることに伏線が紛れ込んでいるのだけど、そこはバッサリとカット。場面は那智山青岸渡寺で待っている三人娘と十人衆へと移ります。

 原作だと観光案内的な記述がありますが、それを漫画でやるわけにもいかないので、その代わりに背景が思いっきり写真の取り込み。人物との間に多少の違和感を感じるかも。三人娘と十人衆の旅程の記述は漫画では描かれませんが、(前巻の「ゲームのルール(二)」のラストに一枚絵でそれとなく雰囲気をかもし出しています。

 十人衆同士の会話は殆どが誰が誰やらわからないのですが、漫画でそれを各キャラに配分するのは作者の裁量。いけいけの台詞は北条主税、それを押し留めるのが磯谷千八。髯の逸見瀬兵衛とちょっとイケメンの小栗丈馬がこれに乗っかりますが、一方で悲観的な発言をする伊達左十郎。彼だけは「泣き上戸の」と言う形容とともに台詞が指定されています。そしてその弱気に感化されてしまう金丸内匠と平岡慶之助。

 そんな中一人会話に参加せずに見張りを請け負っていた小屋小三郎が十兵衛の到着を発見します。階段の下に現れた十兵衛と弥太郎。その間に挟まれて階段の途上にいる深編笠の武士、これが最初の敵なんですが、それはともかく。十兵衛の背負っている子供に気付いたのが原作では三枝麻右衛門と成っているのに、漫画では主税。原作では全員が一斉に駆け寄って下を眺めているようなのに、漫画では間に合ったのは主税とあと一人。(おそらく千八と思われます)

 弟に気付いて階段を駆け下りるおひろ。姉弟の再会を阻んだのが間にいた編笠の武士。敵と気付いた十兵衛の制止も間に合わず、捉えられてしまいます。おひろが持っていた仕込み杖だけが虚しく落ちていく場面は、ちゃんと原作どおりなのに上手いと感じてしまいます。

 人質を取られ、しかも階段の下に位置すると言う二重の不利に切り込む隙を見出せない十兵衛。来るなと言う声に一人反応して飛び込んだのが”熱血児”と形容された北条主税。(この設定が先の会話での好戦的な台詞を割り当てられる要因だったのでしょう)首と胴で三つに切り分けられて、最初の犠牲者となりました。

 主税の一刀で笠を切られた敵はその素顔を晒します。階段の上下で対峙するかつての師弟。その隙を突いて十人衆の秘策が炸裂。原作では話の流れを重視して分けて描写していますが、漫画では坊太郎の「刀を捨てろ」に対応して発案。大見開きでの「逆落とし」はなかなかの迫力です。ただし、原作では十兵衛と坊太郎の位置はかなり接近している印象なのですが、漫画では(絵的なバランスなのか)まだかなり距離があるように描かれています。そのために原作では両者が空中で激突しているのに対して、漫画では着地した坊太郎を十兵衛が上から襲う形になっています。そして原作ではただ斬られただけの坊太郎に対して、漫画では「十兵衛先生」と最後の正気を取り戻したかのような死に方。(これに付いては今後の転生衆の散り様を注目しましょう)

§2 西国第一番札所(二)

 戦後処理。一人取り残された弥太郎めがけて転がっていく人間柱ですが、巻き込む直前で分離。弥太郎を見事に空中で支えたのは最年少の小三郎ですが、その前に弥太郎に気付いて手を離したのは慶之助。弟を心配して駆け下りてくるおひろの声に反応したのが彼でした。(と言う演出は上手い)

 さてこの計略の発案者は年長者の二人。中でも戸田五太夫らしいのですが、原作では”戸田老”と呼称されているのに漫画ではそれほど年配に見えない。と言うことで「五太夫」と呼ばれています。明らかに年寄りくさい絵柄なのは”最年長”の金丸内匠だけですね。

 「化け物でも死ぬと見える」と言ったのは、原作では(前の台詞と合わせて)千八でしたが、漫画では「化け物め」が瀬兵衛。そして「斬れば死ぬ」が十兵衛本人でした。原作では十兵衛本人は、「まだわからぬぞ。…とどめを刺しておけ」と諧謔を飛ばしています。

 原作ではここから次の章なのですが、漫画では(構成上の都合か)その後の道程へと続きます。「ふだらく」の意味に付いて弥太郎に問われたのが、原作では髯のおじちゃんこと逸見瀬兵衛でしたが、漫画では伊達左十郎に変更。その後の「じだらくや」と言うギャグを言ったのは原作では不明ですが、「けだらけや」がお前だと返されたことから見て瀬兵衛だったのでしょう。

 原作では次の接触まで間が空いているのに対して、漫画ではこの直後に「大納言の女狩り」と遭遇。個々からが文章と漫画の違いで、現れた女が敵の一味であることは絵で見ると一目瞭然。と言うことでお品と言う名前は、父親を偽装した根来衆の言葉で説明。(厳密には彼らが根来衆であることは漫画ではわざわざ説明していない)

§3 岸打つ波(一)

 「大納言の女狩り」と口走ってしまったのは原作では千八ですが、漫画では瀬兵衛に変更。すごんでくる自称紀州藩士うをバッサリとやって黙らせてしまった十兵衛ですが、その歯ごたえの無さに対する疑問は漫画では匂わせるだけ。心理描写は漫画だとやりにくいんですよね。

 さて、狂女を装って見事十兵衛一行に加わることに成功したお品。原作ではお品と言う名前はここで判明して、読者になるほどと思わせることになるのですが。お品が十人衆を篭絡していく過程はやはり漫画で描くとエロイ。

 そして夜。十兵衛の部屋へと忍んでいくお品。

§4 岸打つ波(二)

 お品の誘惑に動揺する十兵衛。原作では隣りからの六つの目(言うまでも無く三人娘)に気付いて当て身を食らわして逃れるのですが、漫画では三人娘の介入が発生します。

 「まえのとき」と言うのは柳生城でのお蝶のとき。あの時は弟子入り志願と言うことだったので、腕前を見ると言う名目で木刀を投げ込んだのですが、流石に同じことは出来ない。思いついたのが縄を弥太郎に投げつけること。寝ぼけた弥太郎が蛇と勘違いして騒ぎ出し、それに乗じてお品を鎮めることに成功した十兵衛でした。お品を退けた後、原作では弥太郎を動かしてその向こう側に寝るのですが、漫画では弥太郎には触れずに、その向こうの狭い場所にこっそり寝る十兵衛でした。

 翌朝。お品をあとに置いていきたいと言う十兵衛に、向きになって反対する三人娘。目をあえて書かないことで三人の内心を表現しています。(”きちがい”と言う表記を使っていないのは昨今の風潮ですね)

 お品が手をこまねいていると見た転生衆は二人目を選出。選ばれたのは宝蔵院胤舜ですが、陰惨なくじ引きのシーンは省略。

 次なる戦場は千畳敷。ここから原作も下巻に突入します。

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