忍法魔界転生・換装 巻の弐
まだ主人公はモブ状態。
§1 地獄篇第五歌
原作では第四歌の後半。
宝蔵院胤舜対天草四郎。その準備としての女六部との会合。目的は「会合の法悦にわなないている女人の髪」を得るため。原作を読み返すとこの時点では単に「会合中の女人の髪」としか書かれていない。この「法悦にわななく」と言う条件が後々になって効いて来るのですが、それはまた改めて。
胤舜と対峙した四郎の背後に、一巻で如雲斎が見たのと同じ天草の地獄が。これは小説では表現しきれない漫画ならではの見事な演出です。原作では胤舜は四郎の髪切丸で裁断された槍の残りを投げつけて、四郎が刀を抜いてそれを両断すると言う展開なのですが、漫画版の四郎は対決に際して刀を帯びていないのでその部分は省略。
原作では荒木又右衛門が笠を取って素顔を晒すのは二人の戦いが終わったこのタイミングでした。漫画版では胤舜と又右衛門はこれが初対面として描かれていますが、原作では十数年前に但馬守と胤舜との試合を一人見聞していたことになっています。
又右衛門本人が語る転生の経緯も、原作とは少し異なります。前回も触れましたが、原作では又右衛門は転生第一号ですが、又右衛門が実際に無くなったのは島原の乱の後。故に漫画版では死に向かう又右衛門を誘う人影の中に四郎(と思しき人影)も加わっています。
原作では又右衛門を転生させた女性については全く触れられていませんが、漫画版では彼の「妻に瓜二つの・・」女性と紹介されます。又右衛門は鳥取に移る際に妻子を呼び寄せたけど、到着前に頓死したようです。よって本人だと思い込んで会合した可能性もあります。問題は又右衛門の妻に瓜二つの女性をどうやって調達したのか、回答は二章あとで。
胤舜の同行する佐奈を忍体とする儀式を終えた後、原作では胤舜が待ちかねて駆けつけたことになっていますが、漫画版は一人残った女六部が完了を告げる役目を負います。これは絵的な演出の問題でしょう。
で、江戸の但馬守の登場で引き。
§2 地獄篇第六歌
原作では第五歌ですが、もはや数はどうでもいい。(元ネタである神曲は地獄篇だけで三十四歌、まあ最初の一歌は総序なので三の倍数で統一されているわけです)
江戸の柳生邸を訪問した胤舜。但馬守とのシーンはほぼ原作どおり。但し但馬守と又右衛門との親密な師弟関係を思わせる件は省略。
話が十兵衛に及ぶと、原作では三年前の「ばかげた所業」=将軍家光を気絶するほど打ち据えたことで柳生の庄に放逐となっている。漫画版では「会津でいらざる騒動を起こし」たとあり、これは言うまでも「柳生忍法帖」の一件ということになります。あの一件は天樹院様からのご依頼なのであれで放逐と言うのはいささか厳しすぎる感は有ります。総目付の立場から会津加藤家の取り潰しに息子が関与していたと言うことはあまりおおっぴらに出来なかったのかもしれません。
さて張孔堂を探索中の主膳の前に現れたのは尾張の柳生如雲斎。というところで引き。
§3 地獄篇第七歌
原作では駕篭に乗っていたのが目当ての紀州公で無いと知って引こうとした主膳ですが、漫画版では先に正体を指摘されてしまったので戦う以外の選択肢を封じられてしまいます。
主膳を倒す際に如雲斎が使ったのは、原作では持っていた杖。但馬守は主膳の腰に残る跡からそれを看破しましたが、漫画版では刀の柄による一撃。その後の尾の刻印もその剣を抜いて施しています。叔父但馬守に挑戦状をたたきつけたつもり如雲斎ですが、これが但馬守に魔界転生を決意させるきっかけとなりました。まあこれは宗意軒・正雪の計画通りだったのでしょうけど。
又右衛門本人が直接但馬守を誘えば、弟子に弱みを見せたくないと言う気持ちから但馬守は乗ってこなかったかもしれない。謹厳実直な印舜を介したからこそ但馬守は魔界転生の話を信じる気になったのでしょう。
さて但馬守が昔の恋人の縁者と思い込んだ女性ですが、実は小西に所縁の、宗意軒の配下のくの一であったことが暗示されます。原作でも触れられますが、又右衛門や四郎の忍体もおそらく同じ。四郎は別にして、又右衛門と但馬守の忍体となった女性には明確なモデルが居り、何らかの方法で容貌を変えたと考えられます。これを行ったのはおそらく宗意軒配下の忍者「仁木弾正」でしょう。弾正自身は甲賀流の変身能力の持ち主ですが、それを他人に用いる際には変身というよりも幻術であったかもしれません。つまり見る対象者に「己がかつて恋着した女性であると錯覚させる術」ではなかったか。死に臨んで冷静な判断力を失っている転生候補者にはこれで十分だったのでは無いでしょうか。
転生の儀式を行う但馬守を前に、切られた槍の穂先を掴む胤舜と言うところで引き。
§4 敵の編成(一)
原作ではまだ地獄篇第五歌の内。地獄篇が第七歌で終わったのは、敵の人数と一致して結果オーライ。
但馬守とそれに殉じた胤舜を迎えに来た六部二人。原作では実は名前は書いていませんが、若い方は天草四郎。もう一人は当然ながら又右衛門。柳生邸では顔を知られている可能性が高いので白い頭巾を被っています。実は大井川のときも頭巾はつけていたのだけど。
二人の死後の柳生邸の大騒ぎは漫画版では省略。そしてここからが次章。舞台は由比道場へと移ります。
但馬守の死から一ヶ月。と言えば読者には察しがつく。胤舜の介添えは坊太郎。そしてもう一人四郎の介添えにより転生したのは柳生但馬守宗矩。
ほとんど本能的に斬りかかる如雲斎を、転生間もない但馬守は素手で撃退します。原作では如雲斎の杖の殴打に対する報復としての但馬守の燭台による殴打でした。如雲斎対主膳の絵と比較すると見事な対照を成していることが分かります。
但馬守に完敗を喫し転生を決意した如雲斎。彼の出立と入れ替わりで訪れたのは紀州大納言。大納言と対面した宗意軒は「天下をおとりなさいませ」と煽る。
原作では正雪と大納言頼宣は「例の事」とぼやかした会話を繰り広げていたことになっていますが、漫画ではその手は使えない。今回の作品は台詞以外の説明文がどうしても必要になってきますから。(すべて漫画だけで説明しようとすれば頁数がかさんで冗長に成ってしまうから)