柳生忍法帖・換装 巻の拾

その壱 雪地獄

 原作ではまだ「十兵衛見参」ですが、漫画版ではここで改章。

 銅伯は己の不死身振りを誇示しますが、その真の意味は十兵衛には伝わりません。負けを認めた十兵衛に襲いかかる残る二槍を止めたのは意外やおゆら様。ぽろりと本音を漏らしますが、もっともらしい理屈を付けて彼を雪地獄へ送るように進言します。

 ひと思いに殺したくないのは明成や銅伯も同じ。後ろ手に十兵衛を縛る縄は銀四郎に拠るモノで、恐らくは彼の用いる例の網と同質のモノと思われます。更に、虹七郎によって入念な身体検査をされ、上着や袖はずたずたにされます。本人は一種のデモンストレーションのつもりなのでしょうけど、相手の十兵衛はそれをいまさら恐れ入る様子も有りません。

 彼が初めて「しまった」と漏らしたのは鶯の七郎に括られていた目印の布を見た時。原作では鶯自体が打ち落とされてしまったのですが、この辺の演出は漫画版の方が上手いです。原作では虹七郎に面を着られた時点で「やられたな」と呟いて鶯の死体を確認していますので、いまさらと言う感じでした。

 雪地獄へ放り込まれた十兵衛はまだ不貞不貞しい態度を捨てず、虹七郎を誉め殺しにします。まあその一方で殺り合えば自分が勝つと言うと言う挑発も行っていますが。二人のやり取りに焦れた若い銀四郎は十兵衛への殺意を捨てず、銅伯に直談判に向かいます。

 雪地獄の女達は芦名衆の意に反して十兵衛を甲斐甲斐しく世話をします。何故か女達は十兵衛が救い主である事を知っている様子。その理由は後に明らかになりますが、おゆらはそれも想定内と嘯いて新たな策を講じます。持ち込んだのは普通の三倍はきくと言う濁酒。女達を酔わせて狂わせようと言う策ですが、十兵衛を襲うよりは自ら死を選ぶと言い放つ女達。

 望み通り殺してしまえと言う明成に対し、おゆらは死にたがっているモノを殺しても興ざめと言い更なる秘策を提示します。それは獣心香と言う女にしか聞かない強烈な媚薬。その材料を調えるために更に二日の猶予が与えられます。

 そして当日。立ち会うのは明成と銅伯、二槍と提案者であるおゆらのみ。しかし後から考えるとこれはすべておゆらの目論見通りという気がします。香に真っ先に反応したのはおゆら。やがて女達も狂態を示し始めますが、一人十兵衛にしがみついて離れない女が居ます。これを引きはがそうとして明成が牢内に入った時、大逆転が発生します。

 原作ではここで転章。

 何故か十兵衛の手には刀が握られ、明成はその切っ先に捉えられます。彼に剣を渡したのは、城外に逃れたはずのおとね。獣心香に狂った女達から彼を守っていたのも、女達に城外の情報を教えたのも彼女でした。

 さて、彼女はいつの間に此処へ忍び入ったのか。そして彼女の代わりに城外へ出た女は誰だったのか。原作では特定されていませんが、漫画版ではきちんと伏線が張られていました。そう、おとねが沢庵に同行して城に入った時に託されたあの櫛の持ち主です。恐るべきは沢庵の深謀遠慮。

 さて、直ぐにでも城外へ逃げたいところですが、獣心香に狂っている女達をそのままにはしておけず。なかば憂さ晴らしのように剣を振るう十兵衛。切り落としたのは明成の「悪の根元」。そしてこの行動が芦名衆の目論見を完全に破綻させる事になるのです。

 明成達を引き連れて外にでた十兵衛。どこに向かうつもりだったのか、そこへ堀の女達が駆け込んできます。五人の女達と残る二槍の対決を提案する十兵衛ですが、本人にも絶対の勝算が有る訳では有りません。五人が斬られたら、明成を斬った上で自分が相手になると言います。まあ、殿様の命と引き替えに黙って斬られろ、と言うに等しいのですが、これを黙って見ている銅伯ではありません。彼の取った作戦とは、獣心香に酔っている娘おゆらの手を離す事。

その弐 霞網

 おゆらの動きと関係なく、やる気満々の銀四郎は霞網を女達に放ちます。おゆらに気を取られたためか、十兵衛の一撃は銀四郎を倒したモノの、女達は霞網に捉えられました。原作では十兵衛が七本槍の一人を斬ってしまった事を女達にわびるのですが、漫画ではスピード感を重視してか省略。十兵衛は銀四郎の腕を切り落とすモノの、状況は変わらず。主導権は芦名衆のモノとなります。大義名分である女達を見殺しにしては例え明成を殺しても勝利とは言えません。

 「負けた」と言い放って剣を捨てる十兵衛は雪地獄へ放り込まれる前には無かった悲壮感に溢れています。一人残った虹七郎は十兵衛に斬りかかりますがこれを制止する銅伯。殺るなら明成の御前にてと言うのが彼の考えですが、この制止により再び主導権は移ります。十兵衛への陽動に使ったおゆらが彼の意を離れて十兵衛の元へ走ってしまったのです。「殿は、もう男ではなくおなりになられた」と言うのは建前の話。初めて十兵衛を見た時から惹かれていた彼女は獣心香の効果もあって本能に従って行動しています。

 おゆらをともなった十兵衛はとらわれの身の沢庵と合流。

その参 天道魔道

 激痛でうなされる明成。己の命が助かりそうだとなると、次に心配なのはおゆらのゆくえ。明成が生殖能力を失った今、銅伯にとってもおゆらの存在は野望を繋ぐ命綱です。

 一方の十兵衛沢庵も善後策に苦慮しています。唯一残された手札であるおゆらの使い道について名案が浮かびません。

蛇足 おゆら

 最終巻かなと思いましたが、ここで登場となりました。最期の最期で見せ場を貰って一気にヒロインの座を獲得したおゆら様です。獣心香の影響もあって非常にエロイです。

 原作では、銅伯はおゆらの懐妊を明成に告げていますが、ここではモノローグのみ。生まれてくる子が明成唯一の男子でない(原作では敢えて存在を消されていますが)ことも影響しているのでしょう。明成の嫡男である明友がまだ無事なのは、場合によってはこちらに取り入る必要も考慮されているのでしょう。逆におゆらに男子が産まれれば、邪魔者として始末される事は疑い有りません。

 天樹院様は最終巻かな。まあ、この巻には登場しませんでしたしね。 

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