柳生忍法帖・換装 巻の玖

その壱 虚々実々(承前)

 前巻からの続き。

 遂に雪地獄の場所を探し当てたおとね。それを知った虹七郎と銀四郎はいよいよ殺意を強めます。

 一方、沢庵は会津侍を相手に会津を攻め落とす方法について講義を展開しています。この講義で会津城の弱点と指摘された小田山こそ実は堀の女達の隠れ場所な訳で、この辺が人を食っていると言えます。沢庵がそんな兵法に通じている筈はないので、これは十兵衛の受け売りなのでしょう。

 そして銅伯からの面談の申し込み。案内されたのは城の地下、現れたのは謎の三角檀。沢庵はそれを見て修法を使うのかと見て取ります。修法とは何か、当時の読者は直ぐに分かったのでしょうか、原作には全く説明はなく、漫画版では注釈として加持祈祷・まじないと有ります。まあ、別に言葉の説明を受けなくてもその後の展開で意味は掴めますけど。

 さて、原作では先に銅伯と沢庵のやり取りを展開し、しかる後に江戸の天海へ視点を移すのですが、漫画版では小説では難しい二元中継により臨場感を高めます。特にこれは元々が新聞連載なので、そんな事をしたら読者が混乱してしまいます。

その弐 幻法夢山彦

 銅伯の条件は自分の首と般若面の首を交換に和睦する事。当然ながら沢庵はその条件を拒絶します。但し、原作では「子供みたいに手を叩いて」とありますが、漫画では至って冷静な抗議を展開しますが。

 銅伯には沢庵の拒絶も計算の内、まあ談合が成ったとしても彼は死なない訳ですが。いよいよ天海と銅伯の秘密が明かされます。「夢山彦」と言うのは言ってみれば同時生中継のような物。自分たちの不死の秘密を理解させるために、実際に自分の体に傷を付けて天海の苦しむ様子を見せると言う演出です。

 TVを知っている現代人ならともかく、当時の人間がこれで納得するのでしょうかねえ。その辺が銅伯の持つ得体の知れない迫力と言う事にしましょうか。

その参 沢庵敗れたりや

 この辺、原作と漫画版の演出構成が違うので比較しにくいのですが、江戸寛永寺にて天樹院によって天海と対面しているお千絵とお笛の主従。原作では、天樹院は将軍家が加藤家に手を出しかねた理由を知って得心するのですが、その部分は漫画版では省略されています。その部分は既に第一巻で家光自身を登場させて匂わせてあります。この事実を知るのは将軍の他には松平伊豆守のみ。言われてみれば、このシーン、但馬守宗矩を下がらせた後で語られています。

 天海と銅伯の不死の秘密ですが、この設定は前作バジリスクにおいてかの薬師寺天膳の所へ流用されています。天膳の時と同じく首を落とせば流石に死ぬでしょうけど、銅伯にはもう一つの力があります。

 閑話休題。大恩有る天海と十兵衛を秤に掛けられて、敗北を認める沢庵ですが、彼も全く無策という訳ではありません。それについては次巻で空かされる事になりますが、沢庵の書状を受けた十兵衛は、その意図に反して単身城へと乗り込みます。

その肆 孤剣般若侠

 単身で城へ乗り込むと言う十兵衛を堀の女達は当然に制止します。原作では纏まった台詞になっていて誰と特定されていませんが、偽手紙ではと言ったのがお品、一人だけと言う話を疑ったのはさくら、自分たちも呼ばれているのではと言い当てたのはお鳥になっています。

 十兵衛自身が手紙以上の情報を持たないために些か説得力に欠けるのですが、それでも十兵衛の言に従ったのは女達が彼に寄せる信頼の証でしょう。但し条件として鶯の七郎を連絡用として連れて行くように願います。原作では提案したのはお沙和で、笠に仕込む知恵はお圭ですが、漫画では全部お沙和が受け持ったようです。この細工の器用さは確かにお沙和が一番似つかわしいようですが。

その伍 十兵衛見参

 原作では城に入ったところから章が代わりますが、漫画ではまだ旧題のまま。

 十兵衛を見て微妙にデレモード気味のおゆら。約定違反を責める銅伯の言葉に反応して十兵衛の説得に向かう沢庵。それに対する十兵衛の大見得は原作では台詞が多いので要点だけをバッサリと纏めて見栄えを重視。この辺も活字と漫画の表現の違いでしょう。「徳川家も滅んで結構」という時の見開きの十兵衛は実に格好が良いです。絵的な効果からこの時点では素面。笠を取る際に面を取り付けます。

 沢庵を逆に人質とされた銅伯は残る七本槍の二人との立ち会いを提案。女達との約束からこれを渋る十兵衛ですが、一剣士としての本能からこれを了承。結局、同じ剣使いの虹七郎との一騎打ちとなります。外された銀四郎は十兵衛の笠から飛び立った鶯へ小柄を飛ばします。

 虹七郎の一太刀で面を割られた十兵衛。漫画では此処で「十兵衛見参」となります。ここで銅伯は自ら出馬。これは七本槍では危ういと言うより、自分がやれば生け捕りに出来ると言う事なのでしょう。そしてもう一つの秘術「なまり胴」により見事に十兵衛の二刀を自らの体で奪い取ります。十兵衛は此処に至って銅伯が不死である事を悟るのですが…。

 と言うところで次巻。

蛇足 沢庵と七郎

 すべて女で行くのかと思いきやここへ来て沢庵の登場。恐らく最終巻はおゆらだろうと予想されるので、次は天樹院様か。残りの分量から見ても次の十巻では終わりそうにありませんからね。

 原作では銀四郎の小柄で打ち落とされてしまった七郎君ですが、漫画では目印の布を落とされただけで済んだ様です。ここで「やられたな七郎」と呟くのですが、恐らく唯一聞こえたであろう虹七郎は自分の名を呼ばれたと解した事でしょう。七郎という名は十兵衛の幼名なのですが、こういう細かいネタを差し込んで来る辺りが上手いですね。

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