柳生忍法帖・換装 巻の捌
その壱 首合戦(承前)
堀の一行が芦名衆の首を晒せば、芦名方はそれに対抗して女達の首を上げる。その数は次々に増え、さしもの明成もうめき、おゆらはむすっとする。この表情の可愛さ(と言っていいのか)は漫画ならではである。
原作では此処までが「首合戦」の章なのだが、漫画では堀の一行の作戦会議までがこの章に含まれています。
さて、原作にないシーンとして隠れ家に入るための合い言葉、「山」に「芋」。坊様達は普通は「山と言えば河ではないか」と言っていますが、この合い言葉は後の忠臣蔵で有名になったモノなので、この頃は知られていないのでは?
沢庵老師は銅伯の目論見通り、城へ入る事を決意します。原作にあった、「殺された女の親たちの恨み」については触れられておらず、あくまでもこれ以上の犠牲者を出したくないと言う仏心を前面に出します。
沢庵に「お前一人で斬り込むか」と聞かれ、やっても良いが、女達が納得しないだろうと言う十兵衛。原作では女達が口を挟む前に話が先に進みますが、漫画ではお笛の台詞が挟まります。原作の方が女達のキャラが強くなっている事が分かります。
敵が「一服盛って」と不安を漏らしたのも、原作では十兵衛ですが、漫画では弟子の一人嘯竹坊。そしてお供を申し出たのが薬師坊。原作では名前だけだった坊様方も漫画であるが故に、それぞれにキャラ立てが行われています。
銅伯と天海僧正の秘密について問いただすためにお千絵とお笛の主従が差し向けられ、その護衛役として五人の坊様達。それを不安そうに見つめる十兵衛。これも漫画ならではの分かりやすさです。
十兵衛は今まで助けた女達の脱出作戦を、残る堀の女達は遊撃部隊。そして成り行きで此処まで付いてきていたおとねが連絡係として沢庵に同行する事が決まります。そして後半の主役と言ってもよいおとねの大活躍が始まります。
その弐 沢庵手鞠唄
原作にない、作戦決行に際しての挿話。隠れ家としていた家の娘から姉の安否を確かめて欲しいと言うお願いをされるおとね。そして、七郎と名付けられた鶯。命名は沢庵。その名前に難色を示す十兵衛ですが、それもその筈、それは彼の幼名でありました。それを知った堀の女達は一斉のその名前で呼びだして十兵衛を閉口させます。
陽動のための手鞠唄。それと気付いた銅伯は沢庵だけはと捕らえに掛かります。無論それは沢庵も予定通り。城の門前で待つ銅伯に「負けたよ」と笑いかける沢庵。この時点ではまだまだ余裕の表情なのですが…。
その参 南船北馬
北へ向かう雲水一行から離脱して猪苗代湖を渡って南へ向かうお千絵以下の別働隊ですが、運悪く芦名衆に勘付かれてしまいます。乗っているのは奇しくも七人。これが目指す堀の女達かといきり立つ芦名衆。これは半分当たりな訳ですが、人数だけで色めき立つのは余りにも間が抜けています。
さてここから坊様達の決死の足止め作戦が展開されるのです。
一人目が十乗坊。一人水の中に潜り、追いすがる船に捕まって沈めます。周囲が雪に覆われている季節ですから、落ちれば只では済みません。芦名衆は船に取りすがる仲間を切り捨てて、必死に追いすがります。
船は向こう岸に着いた、と思いきやそこはまだ氷の上。此処で坊様達の足止め作戦第二段。芦名衆を氷の上に誘い込んで、水中に潜んだ二人の坊様が氷を斬ってこれを一気に湖に落とします。その表情が笑っていればこそ凄まじい。残された心華坊は悠然と敵の槍を受けて水の底へ。原作では「槍を取られたぞ」と悔しがるのですが、漫画の方は「槍を取られたのではないか」と呆然とした表情で描かれます。
そして最後に残った薬師坊。般若面を被っての大立ち回り。は当然ながら出来ず、只一太刀で討ち取られます。いくら何でも本物とは体形が違いすぎる筈ですが、動揺している彼らにはそれも分かりません。お千絵とお笛はこの間に身代わりの若者二人と入れ替わって納屋に隠れ、芦名衆をやり過ごして後無事に会津領を抜け出します。
一方尼僧群を追った連中は、十兵衛一人に全滅させられるのですが、般若面を見た時の反応が全く同じなのがご愛敬。不幸にもこちらは本物だった訳ですが。その後の十兵衛の活躍については描かれず報告のみ。その際に本物の野呂万八が控えているのですが、確かに目だけは十兵衛に似てい無くもありません。
その肆 虚々実々
原作にない章題。
次回、いよいよ幻法「夢山彦」の実体が明らかになります。
蛇足 古河の本陣の娘おとね
堀の女達が身内の仇討ちなのに対して、彼女の場合は身を汚された自分自身の恨みを持って戦いに参加します。
「既に死んだも同然」と言い放ち、かつての可憐な田舎娘の外貌は消え、妖艶の香を放つ。かつての千姫にも通じる”怒れる聖女”であり、おゆらの”無垢なる妖女”とは対極にあると言って良い。
しかし彼女のキャラが立ちすぎて堀の女達の影が一段と薄くなります。お千絵とお笛が主戦場から離脱してしまったこの後は特に…。