柳生忍法帖・換装 巻の睦
その壱 北帰行(承前)
一泊目、武州粕壁。
沢庵が本陣の前で嫌がらせに唱えた”雨宝陀羅尼経”、これを教えてくれと言って来た浪人の先生ですが第一巻で既に登場済みでした。
この浪人、原作では「何十年ぶりかに雑兵を指揮してみたが、…」とあるので恐らく大坂浪人と思われますが、原作では名前が明かされて居ません。もしかすると回収し損ねた伏線だったのかも知れません。
その弐 僧正
原作では虹七郎が先行していることがそれとなく語られますが、漫画では行列の前を行く十兵衛組を追い越してゆくシーンが挿入されます。一行を怪しんだ虹七郎の前で立ち小便をしてその疑惑を交わしています。十兵衛以外は勿論芝居ですが。
何故これで疑惑を逃れたかと言えば、七本槍が沢庵(とその弟子の禅僧)の荷担を知らないからですね。敵は般若面と堀の女七人の計八人と思っているから八人連れの雲水を疑ったのですが、内三人が顔を晒すことで残りも男だと錯覚させている訳です。最低一人は男が居ることは判っているから、十兵衛の立ち小便だけでは疑惑は晴れません。原作に無い部分ですが文章で書くと説明くさいので、漫画ならではの表現と言えましょう。
さて第二泊目、古河(原作では下野と有りますが正しくは下総ですね)。街道の宿場町であった前宿と違い、小笠原八万石(これも正しくは二万石)の城下町です。漫画版ではきっちり直っています。
前夜の読経ですっかり神経衰弱を起こしている馬鹿殿明成の為に女を宛おうと提案する銀四郎。三人の悪巧みシーンをカットしていきなり駕籠の中に入れられたおとねが登場。インパクト重視ですね。
おとねを助けようと声を掛ける沢庵ですが、その時都合良く通りかかった大和尚。これは果たして偶然でしょうか? 恐らくは明成の配下に芦名衆が居ることを知っていた(漫画版の第一巻で伏線が張られています)天海が一言言ってやろうと追っかけてきていたのでしょう。沢庵の方もそれと知らずにこれを利用した節があります。でないと預かった堀の女達をただ徒に危険にさらしたことに成りますから。
さて、原作では堀女と同様に特に書き分けもされて居なかった沢庵の弟子ですが、沢庵組の一人嘯竹坊がどうやら蘊蓄担当と言うことになっているらしいです。
その参 女人袈裟
一方、先を行く十兵衛組。
旅行中に育っていた不和の種が遂に芽を吹きます。足を挫いてお十兵衛に負ぶわれようとするお圭に対し怒りをぶつけるお鳥とお品。それを受けて置いていってくれとだだをこねるお圭。十兵衛の叱責を受けたお鳥とお品は沢庵の元へいくと言って飛び出してしまう。最も穏やかなお沙和は声こそ荒げないモノの自分にだけ冷たいのではと言って先へ行ってしまう。文章では表現しきれない十兵衛の狼狽振りが漫画では実に上手く描かれています。
さて、問題はすぐ後に敵が迫っていること。現れたのは七本槍一番の巨漢鷲ノ巣廉助。漫画では説明が無いのだが銀四郎と交代で索敵を行っていたらしい。
お鳥とお圭は気を高ぶらせては居たが、敵を前にして己の出来る最善の策を実行した。両端に石を縛り付けた紐を飛ばして馬の足を絡め取り、谷底へ落とすことに成功した。他の人間であったならこれで仕留められたかも知れないが、七人中で最も体術に優れているであろう廉助は間一髪で助かっていた。
斬りかかる二人の剣を、廉助は左の指で挟み取って右手で当て身を喰らわせる。原作では両掌で挟み取って膝を繰り出している。そして二人の足を縛って体に掛ける。前半最大の見物、女人袈裟の完成である。
剣聖伊勢守ですらどうにも成らない場面で、二人の坊さんは自分たち成れば救えると言って悠然と歩き出す。全くのど素人で有ればこそ、廉助も自分の間合いに入らせたのだが、ど素人故に坊様達には全く反撃の手段がない。ただ、二人の女に武器を渡すため、端から己の命は捨てている。
「只の阿呆ではあるまいな」と言われて阿呆はあんたの方だと切り返す様は実に格好良い。この部分、原作では”きちがい”なのだが、これだと坊様達の切り返しが生きない。
二人の坊様が持ってきた仕込みを取ったお鳥とお品はみごと廉助の足を切り落とすのだが、それには頭を潰されながらも廉助の腕を掴んで封じた坊様のアシストが有ればこそである。
原作では首を渡すまいと崖下へ向かう廉助だが、漫画では倒れている女達ののど笛を食い破って道連れを狙う。そこへ駆けつけた十兵衛に押さえられ、般若面の正体を知って納得して死んでゆく。
一人生き残っていた薬師坊が「沢庵流の真髄」と言って上巻終了なのだが、漫画では十兵衛が自戒を込めて「心魂に徹してござる」と締める。
その肆 これより会津
ここから下巻。
原作では、薬師坊が物見に入って国境の警戒網を確認すると同時に沢庵の来訪を匂わせておくのだが、漫画では遠目に観察して突破を断念。十兵衛は単騎となって陽動を買って出る。
そしてようやく帰国を果たした明成を出迎えたのは芦名銅伯と御国御前のおゆらさま。彼女の登場シーンを六巻の最後に持ってきたかった訳ですね。お見事な構成です。
蛇足 家臣金丸半作の妻お品
ひときわ色白で、眼にも唇にもしたたるようになまめかしい色気があった。お圭との見分けが付きにくいと言う意見がありますが、お品の方が色っぽいですよね、特に目元が。見分けるポイントは髪の長さ。耳の前が長くて後ろ髪がポニーテールなのがお品。耳の前は短く跳ねて、後ろで束ねた髪が肩に掛かって前に垂れているのがお圭。
既に一人単独で倒しているお鳥と共に廉助を倒すのが、恐らく最初で最後の見せ場となります。この巻で登場する八番目の女おとねと裏ヒロインおゆらの登場によって堀の女達はますます影が薄くなっていく訳ですが。
次巻は考えるまでもなく最後の一人が登場と言うことになるのでしょうが。さてその後は?