柳生忍法帖・換装 巻の伍

その壱 晒す(承前)

 明成を狙う三人の裸女。三人の台詞は原作と少し違います。原作では「会津で手ほどきを受けた弓矢のわざは、子供だましてなかったことを知る気があるか?」となっているのに対して、漫画の方はもっと直接的に「堀一族の恨み!その身をもって思い知れ!!」となっている。

 この変更はこの役が原作のお沙和からお千絵に替わった事によるのであろう。この交代はこの次への伏線になるのだが、原作通りの台詞が漫画版でのお沙和のイメージに合わないと言う事情も有るのではないか。

 残りの二人は原作通りさくらとお笛なのだが、配置は原作では右からお沙和、さくら、お笛なのに対して、漫画ではお千絵を中心に右手がさくら、左手がお笛となっている。

 原作では銀四郎は悶絶している三人の裸女を起こそうとして腰を蹴ったのに、漫画ではただ尻を踏んづけただけ。お笛はさくらの名を呼ぶ銀四郎の声に反応して面を振り落として「さっきあたしのお尻を踏んづけたのは…」と怒りをぶつけている。

 さて、彼女たちがどうやって屋敷に入り込み、いつすり替わったのかお千絵の口から説明されるのだが、此処がよくよく考えると七本槍の迂闊振りが判る。

 彼らは蔵に押し込んだ人数を確認したのだが、その後目を離したすきに堀の三人は十兵衛に悶絶させられた般若面の裸女とすり替わる。元の三人は近くの長持ちに押し込まれたのだから、もう一度女の数を数え直せば三人足りない事が判ったはずなのだ。と言うか、全員で探し回らないで誰か一人ぐらいは女達を見張っていれば良かったのだ。

 さて原作では廉助がお沙和に命じられて七本槍を荒縄で縛っていくのだが、漫画ではお千絵がお笛に命じて縛らせる。これも指揮官の性格の違いであろう。

 さて無事に十兵衛とお圭を穴から救い出し、替わって七本槍を穴へたたき込む。十兵衛に裸を指摘されお千絵とさくらは恥ずかしげに身を隠したのに、お笛だけがそのまま仁王立ちで笑っているのはご愛敬である。

 明成を屋敷から連れ去るに際してお供として丈ノ進が選ばれたのはたまたま彼が最後尾に居たからだが、これが彼の死亡フラグとなる。予定通り竹橋御門前に晒された明成主従は千姫になぶられた上、輿に乗せられて大手門を通って加藤屋敷へ送られる。此処に居合わせて明成に声を掛けたのは原作では仙台黄門つまり伊達政宗だったが、史実では彼は既に死んでいると言う事でこの役は伊豆守に振られます。前巻での顔見せが此処で生きてくる訳です。

 個人的には続編(つまり「魔界転生」)での再登場を期待します。

その弐 江戸土産

 明成の怒りを一身に受ける事になった丈ノ進は天丸からの情報を元に東海寺に辿り着く。ここで仲間を呼ばずに単独での潜入を試みたのは有る意味で迂闊だが、さしもの彼らも乱入するには憚られる権威が沢庵にあったと言う事にしておこう。(歴史では遙かに古い東慶寺にあれだけの事をして置いて、とは思うが、あれは七人揃っていた上での事だから。)

 潜入して真っ先に出会ったのがお千絵一人。これが複数人であったら一度引いて出直す事も考えられたが、一人なら捕らえて連れ帰れば手柄になるとスケベ心を出したのが運の尽き。ここで前日の裸体の回想シーンが彼の動機を高めます。

 原作では天丸と挟み撃ちにした上で対峙するのだが、漫画では奇襲で一度捕らえながら肘を喰らって逃がしてしまう。彼女の父に「止めを刺したのはおれだ」と言うのは彼女を逃がさないための嘘かも知れないが、「わたしひとりが相手になる」と言ったときには既に仲間の配置が終わっていたと思われる。これはお千絵の作戦勝ちであった。

 修行によって体得した「天狗飛び」により、天丸を襲ったのはお笛、丈ノ心を襲ったのはお品であったが、漫画ではお品は天丸に当たり、丈ノ進は前回出番を奪われたお沙和になった。原作では女にしがみつかれて振り落とそうとしている天丸だが、漫画では袖を銜えてむしろ積極的に捕らえ様としている。それに対して女の方が唯一の安全圏である背中へ逃れてしがみつく形になった。

 あわやと言うところで門に現れてこれを遮ったのは沢庵和尚。別に気合いを込めた訳ではないので絵にはしにくい場面である。漫画では申し訳程度に「喝」と唱えている。

 さて帰国の支度を整える加藤屋敷である。原作では江戸家老が老中に帰国を願い出て、「式部少輔殿(明成の事)には御子がござらなんだかの」と聞かれるシーンがあるがカット。この老中というのは先に出た伊豆守なのであるが、明成には既に実子が居ると言う事で削除されたのだろう。この後、漫画では見送りに出てこない息子をなじるシーンが出てくる。

 さて、明成の正妻であるが、漫画では書いていないが原作では保科弾正忠の娘とある。調べてみたら、これは保科正直、その子正光は秀忠の庶子正之を養子としている。加藤家断絶後の会津はこの正之が領する訳で、加藤家の改易は裏に家光の思惑が働いているのではないか。

その参 北帰行

 江戸から会津へ至る旅程。堀女は前後二手に分かれるのだが、ここの組み分けは流石に原作通り。後方の若手三名には沢庵和尚他四名の坊さん達。銀四郎に詮議を受けるが、先回りした十兵衛達の工作により助かる。やる気満々のさくらとお笛に対して、押さえ役に廻るお千絵。まあ、彼女以外ではこの二人は抑えられないだろう。特にお笛は十兵衛ですら手を焼くから。

蛇足 主水の弟真鍋小兵衛の娘さくら

 この巻の最大の見せ場(?)は般若面の裸女ですから、既に表紙に取り上げられた二人を除けば彼女が来るのは当然と言えましょう。

 七人中の最年少、顔がお千絵と似ているので(従妹だから当然だが)差別化のためか短髪である。主に強気な意見を吐くのは彼女であり、目立ちやすい。敵方の銀四郎が彼女に執着を持っている点も膨らまし易いだろう。

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