柳生忍法帖・換装 巻の肆

その壱 般若組(承前)

 かつて般若面に邪魔された女の補充、そして黒幕と思われる千姫への嫌がらせと、本物の般若面の誘き出しと言う一挙三得を狙った作戦が本格化。

 この般若組騒動について老中松平伊豆守と十兵衛の父但馬守が語るという挿話が加えられる。要するにナレーションで語られる部分を会話で代用したのである。原作では伊豆守の出番はほとんど無いのだが、この後の再登場への伏線となる。

 加藤家の女の裏切りシーンでは、一眼坊が下から現れるのと明成以下が隣の部屋から入ってくるのと順序が逆になっている。流れ的にはこちらの方が自然である。隣にいて裏切りがばれるなら、一眼坊が下で聞き耳を立てている必要はないので。

その弐 地獄の花嫁

 十兵衛単独での、七本槍とすり替わっての加藤屋敷潜入作戦は失敗。原作ではすり替わりのターゲットに廉助をえらんだ理由も説明していたが、これは花婿も大柄だったという辺りから成行きだろう。しかし、身代わりを真っ先に見破った天丸君は偉い。

 さて、東海寺での女達との作戦会議。最初に口火を切ったのは例によって首領格のお千絵。何故知っている、と問いつめられて答えるのはお品(原作ではお沙和)。この後の「じっとしているのがつらいとき」と言う台詞は元々彼女のだが。言い訳部分はお笛に変更。十兵衛先生に怒られて、謝る役が原作では一同を代表する形でお千絵だったのが台詞を取られたお沙和に変更。

 般若組は七本槍だと、切り返すのが最も気の強いさくら。これをきっかけに次々に十兵衛先生に詰め寄る堀女。但し誰がどれを言ったかは原作にはない。漫画では、お鳥、お千絵、お圭、お沙和と来て、「俺もそう思った」から昨夜の首尾が語られる。原作では黙っているのは卑怯だとお鳥が言い、先回りして待ち伏せしようとお千絵が続くのだが、此処は削除。

 「それで」と身を乗り出すお笛(原作では、だれか判らないがすこし柔らかい口調である)。負けたよと、あっさりとした十兵衛に、「まさか」と気色ばむさくら。完敗だと念を押すのに「でも、こうしてご無事で」と気遣うのがお品。その後、向こうもこちらも本気ではなかったと告白するのは漫画版の付け足しで、「逃げ足なら勝ち」(台詞は原作と異なる)と笑う。最後の「んふ」(これは原作では「うふ」)にお鳥が釣られて笑うのはご愛敬である。この辺り、十兵衛に惹かれつつある堀女たちの心の動きを、ナレーション抜きで表現しようと苦労している様が伺える。

 前回、加藤屋敷へ忍び込んだときにやり合ったのは槍の孫兵衛と大鎖鎌の鉄斎。この二人は既に死んでいる。十兵衛と事前にやり合うことが死亡フラグの条件と言えるのだが。

 花婿の身代わりとして加藤家への潜入を宣言する十兵衛。花嫁の代わりが居ると言われて、一斉に手を挙げる堀女。明成に一太刀でもと息巻くのはやはりさくら。殺しては駄目だと言われ、無駄死にかも知れないと言われてもなお全員が志願する。朴念仁の十兵衛先生はそれは女達の覚悟の現れとしか思っていない様だが。

 さて、籤に当たったのは人妻Sのお圭。必死に無き旦那を思いだしていますが、これ再録じゃないですね。堀の男達でハッキリ顔が判っているのは首領の主水だけですし。後で、ああこの人だったんだと判る様に描き分けておけば良かったのに。まあ、回想ですら出てこないヒトも多いから仕方ないか。

 お圭が当たったのはくじ運ですが、これがお千絵辺りだったら、流石に七本槍もすぐに見破っていたでしょう。

その参 水の墓場〜晒す

 捕まるときに銀四郎の霞網も経験。これで彼にも死亡フラグが立つ。まあ実際に死ぬのはまだ大分先だが。敵陣で、縛られた状態で本当に寝てしまうところが先生らしいのだが、その部分はやはり描きようがなかったか。

 手足を縛られたままで、腹を使って当て身を食らわせて女三人を相次いで気絶させた玄達こと十兵衛先生。原作では布団に縛られているだけなのに漫画ではご丁寧にも紐の先に杭が畳に打ち付けられている。にも関わらず、目指す明成を捕まえると杭をあっさりと引き抜いて虜にしてしまう。

 女達を気絶させた手法もご丁寧に説明しているが、此処も文章ではなく絵を用いているがどっちにしても判りにくい。

 予定通り明成を虜にし、お圭と合流して悠々と退散する筈だったのだが、下に潜んでいた一眼坊の登場で一転して窮地に陥る十兵衛とお圭。予め虹七郎から剣を奪って置いたのがせめてもの救い。原作では刀を捨てて自分を抱いてくれと言いかけるお圭だが、漫画では自分を殺してくれとせがむ。まあ、「あなたさまに貫かれて…」というのも別な意味に取れるが。

 望み適わず、逃がした女達もすべて捕らえられたと思いきや、堀の女達三名がすり替わって入り込んでいた。般若面を被った三人の裸女が弓をつがえて明成を狙う。と言うところで以下次巻。

 この三名、原作ではお沙和、さくら、お笛であったが…、という所で次巻。

蛇足 家臣稲葉十三郎の妻お圭

 典雅で、しとやかで、しかもりんとしている。と文章で描けば簡単だが、絵にすると難しいだろう。実際の動きの中でこれを表現しなければ成らないのだから。

 敵討ちで動いている筈なのに父や夫を思い出す場面が無くて、傍目には薄情とも取られかねない堀女たちですが。水の墓場へ落とされたお圭がその中の死体の一つが亡き夫ではないかと取り乱す場面はその目的を(読者にも)再認識させる効果があったと思う。

 殺された堀の一族の屍体は別に隠すべきモノではなくむしろ見せしめとして晒された可能性が大きいと思う。あるいは切り刻まれてあの様に原型を留めていなかったのではないか。但し、演出上の効果があったことは否定しない。

 さて、次巻の表紙は誰だろう。般若面裸女の誰かか、それとも丈之進&天丸を仕留めたあの女性か。

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