甲賀忍法帖補完計画

巻の伍

壱 果たせぬ仇討ち 朱絹

 全身から血を吹き出して敵の目を眩ますのが彼女の忍法ですが、その所為で漫画では完全にサービス要員になっています。

 陽炎との戦いでは両派の夢の美女対決でしたが、天膳に化けた左衛門の介入で無念の涙となります。陽炎の術は異性にしか効かないので一対一であれば負けるはずがないのですが、それがこの忍法勝負の皮肉なところでしょう。

 ちなみに原作では片袖脱ぎ(例の刺青奉行が桜吹雪を見せる時の所作)なので剥き出すのも片乳のみ。この方が格闘としては自然でしょう。漫画のように上半身を剥き出すと手に持った武器が扱いにくいです。

 原作における丈助との”遊び”は非常に解りにくいのですが、 「もし血が出たら、わしの負け〜」「まるはだかに剥いたら、わしの勝ち」となっているので、朱絹の「血霧」(と私は呼んでいます)で相手の姿を見失ったために負けを宣告したと言うことでしょう。一方の漫画版では状況も異なり、朧様の介入で引き分け無勝負となっています。

 典型的な穏形の術なので、類似の忍法は幾つかあります。絵的な美しさという点では江戸忍法帖の紅一点葉月の用いる「忍法陽炎乱し」がお勧めです。

弐 意外と迂闊 如月左衛門

 彼の忍法は誰にでも化けられる「泥仮面」であるが、それと合わせて卓越した声帯模写がある。これがないと彼の術は意味を為さないのである。この声帯模写は変装術とは別個に使えるらしく、姿を隠したまま天膳の声色を使って夜叉丸を騙し、また朱絹の声色で(この時は天膳の姿である)小四郎を籠絡すると言ったまさに八面六臂の大活躍である。

 さて左衛門は朧の「破幻の瞳」については大きな誤解をしていたのである。

「豹馬には、朧さまの目は見えぬのだ!」

「こう考えれば朧さまを相手とするかぎり、豹馬はむしろ弦之介さまよりつよい!」

 朧の「破幻の瞳」は弦之介の瞳術と違って別に相手と視線を合わせなくても良いはずです。彼は鍔隠れ潜入の際に一度術を破られているので神経質になっていたのでしょう。

 天膳に化けて伊賀の中に乗り込む際、辺りを取り囲んでいた武士(於福の手下)相手に大暴れしますが、これは実に迂闊な行動です。もし朧が出てきたらどうする積もりだったんでしょう。確かにこの時点では彼女の目は塞がっていて術を破られる心配は無かったのですが。

 彼が要らぬ気遣いをして陽炎に朧を討たせてやろう等と考えなければ、まあ彼女自身が強く望んだ事でもありますが、陽炎はあんな無惨な死に方をしなくても良かったでしょうに。

参 死なないから治らない 薬師寺天膳

 体質の秘密は漫画版では大幅に脚色されています。絵的にはGoodだと思いますが、アレだと不死の説明にはなっても不老(若作り)が説明出来ないんですよね。(多分、「柳生忍法帖」の天海と銅伯の謎が頭にあったのだと思いますが)

 さて、原作では彼に化けた左衛門に最初の一撃を食らわせたのは本人だったのですが、漫画では居合わせた武士になっています。折角の見せ場なのに。で、その武士の方、次の回に陽炎に嵌って殺されてます。知らずに敵討ちを果たしてますね。

 天膳に化けた左衛門が引き込んだ陽炎を、「とんで火にいる夏の蜻蛉」と表現したのは上手い。まさか名前を付けた時点でここまで洒落る積もりだったのかどうか。

 馬鹿は死ななきゃと言いますが彼は”不幸にも”不死身なのです。小豆蝋斎の稿でも書きましたが、攻撃な忍法の伊賀と防御的な忍法の甲賀という傾向が強いのですが、天膳の能力は究極の防御型と言って良く、明らかに異質です。

肆 究極のくノ一 陽炎

 「甲賀〜」のくノ一はまだ大人しく(?)、相手を殺すのに本番は必要有りません。とは言え一番きわどいのが彼女です。彼女はその能力こそ恐ろしいですが、忍者としてはやや実力不足で、その能力を受動的にしか発動出来ません。だからこそ甲賀系らしいとも言えますが。

 敵のまっただ中であるとは言え、於福の家臣達にあっさりと負傷させられています。いやそれ以前に天膳に犯されたとき、無理にとどめを刺すことはなかったんです。そもそも毒の息だけだと傍目には死んだかどうかは解りにくいですしから、余計な疑念を招くこともなく朧の所まで行けたかも知れないのに。死んだはずの天膳が生きていたことを知って動揺したんでしょうねえ。

 彼女の能力は「阿福や、陽炎よりももっと美しい朧にも解らない」その蠱惑的な美貌にこそ有るのでしょう。修行の結果ではなく生まれつきの体質であると言う点では朧姫と共通しているんですが、もし彼女が伊賀の本家だったら弦之介は結婚する気になったでしょうか?

 原作に拠れば、甲賀の陽炎よりも伊賀の朧の方が美しいと書かれているのです。してみれば弦之介は単純に面食いなのかも知れません。

 天膳に捕らえられ、伊賀攻めを受けて死を待つばかりであった彼女は、朧を見逃して去ろうとする弦之介を道連れにしようとしますが、寸前で目の開いた恋敵の朧によって阻止されます。最後まで報われない女性でした。しかもこの時の毒が残っていた所為で弦之介は最後の対決でかなり不利でした。しかし毒を受けていなかったら、弦之介は逃げ去っていたかも知れないので、結果的に彼女の思いは届いたと見るべきかも知れません。

 さて、お螢さまという同じ能力を持つ甲賀のくノ一が「忍法八犬伝」に登場します。これは間違いなく陽炎の身内、時期的に見て彼女の実母でしょう。

伍 真説「甲賀ロミオと伊賀ジュリエット」 弦之介と朧

 さて弦之介の「瞳術」は忍法帖を通じても恐らく最強でしょう。にもかかわらず同系の忍法は存在します。「外道忍法帖」において天草扇千代が使う「山彦」です。但し彼の場合は視線を合わせた上で自分の身体を傷つけておなじ痛みを相手に感じさせるというモノです。扇千代は弦之介と同じく話の序盤で目を(つまり忍法を)封じられてしまいます。そうでないと彼一人で敵を皆殺しに出来ますからね。

 一方の朧姫。こちらも色々な意味で無敵です。漫画版ではどじっ娘という新たな属性を付与されています。オリジナルの過去話では初対面の弦之介にお茶をぶちまけています。弦之介の場合、なまじ瞳術が有るためにアクシデントに対する反応がやや甘いように思えます。目を潰されていたときの方が隙が無くて強いのではないでしょうか。

 二人は見事に悲劇を再現しました。なり損ねの祖父祖母と違い、二人ともきっちり自殺でした。ロミオとジュリエットはどんな状態に陥っても殺し合ってはいけませんね。

 よく考えたら、弦之介は敵の十人衆の誰一人として倒していないのです。鍔隠れ谷を立ち退くときに戦った小四郎は死ななかったし、盲目のまま倒した天膳にとどめを刺したのは朧でした。しかも味方である陽炎に二度も殺され掛け、逆に敵であるはずの朧に幾度も救われる。まあ、敵方の女性に助けられると言うのは山風忍法帖における主人公属性の一つなんですが。

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