佐七改稿録3

 出版芸術社横溝正史時代小説コレクション捕物編3より。消えた捕物帳主人公達の紹介と、佐七モノに改作された四編の検証を行います。

「捕物三つ巴」 ← 「南京人形」@不知火甚左捕物双紙

 長崎通辞鵜飼高麗十郎との捕物勝負。

 主人公に勝負の話を伝えるのが懇意の遠山奉行から上司の神崎与力に変更されている。この配役はおそらく他の作品でも同じだろう。旗本の甚左と岡っ引きの佐七との身分の違いが高麗十郎との会話の口調に現れている。(身分では甚左>高麗十郎>佐七となる)

 大きな違いは三番目の妹の登場の仕方。男姿で小姓をやっているのは同じだが、改稿前はお奉行の小姓で改稿後は寺小姓。後者の場合には佐七の女房お粂が大活躍を見せる。

「お俊ざんげ」 ← 「妻恋太夫」@紫甚左捕物帳

 ゲストヒロインが茶屋女から元女掏摸になり、それに伴って名前も変更されました。題名もそれを象徴するモノになっています。

 事件が町奉行と勘定奉行にまたがる大がかりなモノになる点は同じですが、年代特定につながる両奉行の名が無くなりました。同心である甚左ならお奉行と親しく会話するのもありですが、岡っ引きである佐七がお奉行と会話するのはおかしいですからね。(両奉行の任期が佐七の活躍時期と合わなくなると言う問題もありますが)

 ラストは同時収録の単行本書き下ろし作品(「鶴の千番」)との繋がりを持たせるというおまけ付き。

「三日月おせん」 ← 「南無三甚内」

 三日月おせんの悲恋話。

 旧題は主人公にちなんだものなので、ゲストヒロインの名前に変更。

 それ以外はほぼそのままなのだが、冒頭部分で葛籠を運ぶ謎の男との接触で、武芸の達人だった甚内は片袖を奪って後の証拠にしている。さしもの佐七もそこまでの腕はない。

 主人公不知火甚内の設定はお供の候兵衛の存在までかつての不知火甚左のそのままなのだが、これが書かれた時点では甚左モノはすべて佐七モノに改作されているのであえて名前をわずかに変えたのだろう。要するに甚左の復活は佐七の執筆が止められた故のイレギュラーなモノだったのだろう。

「お時計献上」@朝顔金太捕物帳

 題名そのまま、と言うか内容的に変更の必要なし。逆に事件の真相は変更されている。

 佐七の活躍時期が文化文政なのに対し、金太はそれより後の天保から嘉永にかけて。その為か、献上時計の発注者である阿部対馬守の両国が陸奥棚倉から備中岡田に変更されているが、いずれにしても架空の大名である。

 ただし、備中岡田は作者の疎開地らしい。さらに言えば「悪魔の手毬唄」の鬼首村の領主伊東信濃守とは(その石高から見て)実際の備前岡田藩主であろう。

* 不知火甚左=甚内

 佐七に先立って、最初に作られた捕物帳主人公。

 美男で武芸万能。先人との差別化(作者曰く「岡っ引きを主人公にしたのでは…かなわないと思ったから」)もあって旗本に設定されている。おそらくこの手の完璧キャラは作者の得意とするところではなかったのだろう。二番目に生まれた佐七にその座を譲る。

 先にも書いたが、佐七の禁止により甚内と名を変えて一時復活する。ただし甚内モノの四編の内二編は佐七モノからの逆改作、一編は甚左ものの再録。

* 花吹雪の左近

 代々の与力の家柄。美男で花吹雪の刺青あり。文化文政年間に活躍とあるが、一作限りなのでもっと絞り込めるだろう。

 「まぼろし小町」にて佐七が「思案に迷うことがあると、びた銭で占う」癖を見せるが、(他の作品では見られないので)おそらく彼のモノだろう。

* 鷺坂鷺十郎

 八丁堀同心。手柄を立てたことのない昼行燈。居眠り同心とあだ名される。後の金田一耕助を彷彿とさせる「アンチヒーロー型の主人公」。寛政年間に活躍。

 敵役の烏勘左衛門こと藤井勘左衛門は「鳥追い人形」に登場。これをいつもの茂平次に変更しなかったのは、鷺十郎の子分の名が茂平次だったからだろう。

* 紫甚左

 八丁堀同心。やはり昼行灯。佐七と同じ文化文政年間に活躍する。上司である南町奉行は根岸備後守となっているが、実在の奉行は根岸肥前守で、文化十二年に在職のまま死亡した。おそらく文化文政を通じて登場させるためにわざと官途名を変えてあるのだろう。

* 朝顔金太

 駒形の岡っ引き。佐七の設定をほとんどそのまま引き継いでいる明らかな代役だが、時代設定が天保から嘉永になっているので、佐七に直すときに問題が発生している。

 探偵役が何もしなくても自然に事件が収束するモノが多い気がする。

* 服部左門

 戦後の作品。設定的には「むっつり右門」のパロディ。敵役も”アバ敬”ならぬ”ハナ敬”あるいは”穴敬”。

 時代設定は佐七と同じ文化文政なので直しも容易だっただろう。

* 黒門町の伝七

 戦後時代小説が禁止された中で唯一許された捕物帳のための合作競作キャラクター。時代小説作家・探偵小説作家併せて三十一人が関わったらしい。

 現行版は陣手達郎氏による「伝七捕物帳」に纏められているらしい。

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