言語的分割統治

 作中ではイギリスが言語統一されず古めかしい言語が生き残って庶民を分断している状況が描かれる。この状況は他の国もおそらく同じであろう。

 ということで諸国の言語事情を考察する。

§1 アングルランドの実例

 支配階級はノルマンフレンチ、聖職界はラテン語(おそらくこれは他の国でも同様であろう)。商取引に使われる(洗練された)近代英語。下層の農民が使う古めかしい中世英語(初期近代英語)とケルト語。それ以外にもゲール語やコーンウォール(ブリトン系ケルト)語、ウェールズ語までが存命だと言う。

 この中で書き言葉が存在する(と想定される)のはノルマンフレンチとラテン語、そして契約書に用いられるであろう近代英語の三つ。正しくは書き言葉が発達することで近代英語が中世英語から分岐したと思われる。初期近代英語で書かれたシェークスピアの著作はおそらく生まれず、ジェームズ王も欽定訳聖書の作成を命じなかったであろう。

§2 ラテン系諸語

 北イタリアは隣国フランスの影響が大きく学術的にガロ・イタリア語と総称されるが、サヴォイア家が支配するピエモンテ語とミラノを中心とするロンバルド語に大きく分けられるだろう。大きく異なるのがヴェネツィア共和国で用いられるヴェネト語。ヴェネツィアがダルマチアを獲得したことによりイストリア語やダルマチア語もヴェネト語の影響を受けつつ生き残る。 

 南イタリアはラテン語を大きく東西に分けるラ・スペツィア=リミニ線の南に属する。現在標準イタリア語とされるのがトスカーナ語。そしてその南に広がる教皇領がローマ語。そしてスペインの一部であるナポリ王国のナポリ・カラブリア語。イスラムの支配を受けたこともあるシチリア島はシチリア語が話される。

 フランス語は大きく北部のオイル語と南部のオック語とに別れる。ラテン語の伝播経路を考えればオック語の方が原ラテン語に近く、北部はゲルマン語系の古フランク語の影響が大きいと想像できる。更に言えばノルマンディ地方はノルド語を話すノルマン人達の影響を受けたノルマンフレンチが話される。史実ではリシュリュー枢機卿による「フランス語の純化」政策が取られるのだが、アカデミー・フランセーズは地方言語の保存へと逆走する。

 スペインでも東のアラゴン王国と西のカスティーリャ王国の間に明確な境界線が引かれ、アラゴン語やカタルーニャ語、そこから派生したバレンシア語等が残存する。カスティーリャ語も史実ほどに広まらず、ガリシア・ポルトガル語・アストゥリアス・レオン語が一定の勢力を維持する。

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