法水麟太郎の事件年譜

 元捜査局長で刑事弁護士。私立探偵と書かれたこと(「二十世紀鉄仮面」)もあるが、これは正規の捜査権が無いということだろう。博覧強記で芝居を書き自ら主演を演じたこと(「オフェリア殺し」)もある。

 彼の登場する作品はわずか十点。正確な年代確定は難しいが、事件の発生順はおおむね特定できる。(発表年)

昭和六年

 後光殺人事件(昭和8年)

 7月16日 普賢山功楽寺住職鴻巣胎龍氏の変死。友人の支倉検事よりの電話にて参画。

 夢殿殺人事件(昭和9年)

 8月13日 北多摩軍配河原の寂光庵にて推摩居士殺害。

昭和七年

 聖アレクセイ寺院の惨劇(昭和8年)

 1月21日 聖アレクセイ寺院の鐘が鳴る。支倉の私宅が近かったため事件の最初から関与。

 事件の真相を看破するも公表せず迷宮入り。犯人は彼なりのやり方で始末(癲狂院おくり)をつけられた。

 黒死館殺人事件(昭和9年)

 聖アレクセイ寺院の事件の直後。

失楽園殺人事件(昭和9年)

 3月14日 休暇中、幻のコスター聖書を巡る殺人。

オフェリア殺し(昭和10年)

 黒死館殺人事件の後しばらく閉地に暮らし「ハムレットの寵妃」を執筆。

 5月14日 自ら主演する「ハムレットの寵妃」の三日目、オフェリア役の久米幡江が舞台中に殺害。

潜航艇「鷹の城」(昭和10年)

 6月半ば 豆州南端印南岬に来着したオーストラリアの潜航艇「鷹の城」にまつわる事件を解く。

人魚謎お岩殺し(昭和10年)

 暮の28日 武州草加の芝居小屋

昭和十年

二十世紀鉄仮面(昭和11年)

 (作中に1935年一月付けの手紙が登場)

 193X年 4月21日 帝都で黒死病発生、茂木根合名の陰謀を看破。

昭和十二年

国なき人々(昭和12年) 

 6月11日 英帝戴冠の帰途(ジョージ6世 1937年5月戴冠と思われる)

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