魔法世界の法理学1

§0 司法・裁判制度の変遷

 民事裁判と刑事裁判が未分化の状態において、裁判とは紛争解決の一手段として発展してきた。紛争解決の基本は「当事者間の交渉」であるが、それが適わないときには第三者の介入が必要となる。裁判による解決はそれが法律を下敷きにしていようとも、国家の武力組織が前提である。対して仲裁というのは金銭の授受の有無にかかわらず平和的な解決と言える。

 中世に置いて司法を司るモノは罰金や科料を手に入れることが出来る。裁判権は権力者にとっての重要な収入源であった為、王や諸侯、司教や市民達は裁判権の帰属を巡って対立した。多くの諸侯は都市の自治権に関する特許状を交付するに際しても重罪裁判権については手元に残したようである。こうした重罪=殺人・強姦・強盗を実際に裁くには武力の裏付けが必要であり、市民レベルでの行使が難しかったのかも知れない。

 中世には刑法と民法は未分化であり、多くの犯罪は当事者同士で解決される。こうしたゲルマン的な自力救済の社会では犯罪は基本的には申告制となり、殺人ですら金(=人命金)で片づくこともある。中世初期までは決闘と神明裁判の風習が残っていたが、次第にローマ法がこれに取って代わる。

 都市には領主や自治組織(コミューン)に加えて司教の法廷も存在した。裁判権を巡る争いは時に事件そのものよりも大事になることもあった。

 判決に不服がある場合、より高い権威の裁判所に控訴することも可能である。それを受け持つのが王権の元に有る高等法院である。現代では常識となった三審制も、正義の行使と言うよりは裁判権の奪い合いと言った俗っぽい理由から生まれたのだろう。

§1 決闘裁判と神明裁判

 古くから存在する裁判の形式として決闘裁判と神明裁判がある。これは紛争解決の第三者として神を想定している。

 決闘裁判とは自力救済の一種だが、その根底には「神は正しいモノに味方する」という信仰が有る。決闘は自由民にのみ許された一種の権利であって、基本的には農奴と自由民との決闘はあり得ない。農奴同士の紛争で有れば、おそらくはその主同士の交渉によって決するのだろう。決闘裁判では代理人を立てることも出来る。こうした代理戦士の制度が裁判制度の確立と共に代言人制度を生んだのだろう。

 神明裁判はより観念的で、当人の肉体的能力を必要としない。大きく分けて火を使う(熱湯に手を突っ込んで中から何かを取り出すとか)や、水を使う(後に魔女狩りにも援用された、手を縛って水に沈める)手法が知られる。

 現実ではナンセンスなこれらの制度(だから廃れた)であるが、魔法世界では有効な審判方法になりうる。たとえば、決闘裁判も魔法による化身を戦わせる等のシステムが考えられるし、神明裁判も嘘を見抜く魔法を介在させれば現代の裁判よりも公正なモノが行えるだろう。この辺はもう少し詳細に検証したい。

§2 陪審制

 裁判における陪審制は英米法=コモン・ローの元で成立した。陪審制の基本は同輩、すなわち被告と同じ階層の人間が寄り集まって判決を決めると言うモノであった。これは貴族が王権を制限する為に認めさせた権利であった。

 これも魔法世界に還元すれば、ある種の儀式魔法として構成出来る。契約・盟約により相互に保護されつ一方で裏切りの防止にも繋がる。集団の目的が善なら良いがこれが悪の秘密結社だとしたら…。

§3 動物裁判

 中世ヨーロッパには動物を被告とした裁判があった。現代では失笑モノの制度であるが、これも魔法世界では十分に機能する。

 魔法世界なら、動物に証言をさせることもあるいは可能かも知れない。動物の言葉を解する世界では被告はおろか証人としても参加出来る。しかし、自然保護運動が先鋭化するかも知れない。

 害虫を魔法によって”退去”させられるとしたら、農薬はいらないし無農薬野菜が当たり前になるだろう。これ以上は本題から外れるので追求しない。

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