テーマ25 切支丹妖術

 今回取り上げるのはえとう乱星氏の初期長編「ガラシア祈書」です。これは「蛍丸伝奇」「十六武蔵」と互いにリンクする三部作なのですが、特にシリーズとしての通称は無いようです。おそらくあまり売れなかったのでしょう。前から探していたのですが(二十年も前の作品なのに)文庫に落ちてなくて探索網に引っかかりませんでした。

島原の乱異聞

 三部作の内容に付いては長くなるので時代小説人物評伝の登場人物紹介をご参照下さい。

 さて三部作を貫く共通設定として、武蔵が細川忠興の雇われ刺客であるということ、天草四郎が兄貞四郎と妹朱鷺の二人一役で二人合わせて”ときさだ”と言うこと。四郎の駆使したと言う幻術を担当するのが妹の朱鷺で、それが松山主水から伝授された”心の一方”による集団催眠であると言うこと。

 心の一方は生まれつきの車輪眼でないと使えないという設定で、朱鷺は主水と同じく車輪眼の持ち主であった。これが心の一方が今に伝わっていない理由だと言う。そんな主水と朱鷺を繋ぐもう一つの鍵が切支丹信仰である。松山主水が切支丹であるという史実は無いと思うが、彼の二階堂平法の奥義の一つ十文字は殺さずの心からくる見切り。それが何故十文字かと言うと十字架から来ていると言うこじつけ。(二階堂平法は主水が開祖じゃないからねえ)

 武蔵の”飼い主”である忠興の息子忠利は、晩年の武蔵を客分として招いた人でもあるのですが、生母であるガラシアの影響で切支丹であり、それ故に細川家のためを思った武蔵の手に掛かってしまいます。(ただし表向きは病死に見えるような秘剣を持って)

森宗意軒

 島原の乱の首謀者とされる小西遺臣・森宗意軒。おそらくは実在するのでしょうが、様々な創作物でその人物像が脚色されて実体は不明。(ウィキペディアに書かれた内容は全体として胡散臭すぎてとても信用できません)

 彼の名を世に知らしめたのはやはりあの名作「魔界転生」でしょう。彼の使う忍法魔界転生こそ切支丹妖術の最たるもの。三部作に登場する宗意軒もやはり「魔界転生」の影響が色濃く見えます。

 忍法としての「魔界転生」は厳密には切支丹妖術とは言えない。あれは宗意軒が日本の忍法と西洋の魔術を熔合して独創したものである。しかし西洋魔術と言うのは西洋の古い民族宗教の残骸であり、且つキリスト教から廃絶された、キリスト教に対抗して発生したものなので、いわばキリスト教の裏の顔と言ってよい。女性の体内で転生を遂げると言う「魔界転生」の秘術は、神の子キリストの”処女生誕”の裏返しであろう。

切支丹妖術

 時代劇における切支丹はまさしく西洋的な妖術と同義と言っても良い。そうした要素が比較的薄い「眠狂四郎」シリーズにしても狂四郎の父である転びバテレンは狂四郎の母を黒ミサの道具として扱っている。シリーズ最終版には黒人占星術師を登場させて狂四郎の守護星をまだ発見されていない”冥王星”だと推定していたりする。(これにより彼が蠍座の生まれであることが分かる)

 和風ファンタジーRPGを作るに当たって、切支丹は西洋的な要素を取りこむための格好の材料と言うことになる。切支丹妖術と言うのはそれを象徴する言葉だと言うことが出来るだろう。

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