テーマ19 本歌取り剣豪伝

 本歌取りとは和歌に見られる技法で、有名な古歌の一句あるいは二句を取り入れて作歌法である。浅学なモノはこれをパクリと言うが、本歌取りは本歌を知っていてこそ意味のある、読み手にも教養を要求される伝統技法である。

 伝奇小説の中でも特に剣豪小説にこの技法が顕著に見られる。実在の剣豪を扱う場合には先行作品で確立したキャラ立てや関係性がしばしば引き継がれている。知らなくても楽しめるのが基本ではあるが、知っているとより深く楽しめるのは言うまでもない。

柳生本歌帳

 話の起点としてやはり五味康祐「柳生武芸帳」から始めたい。この作品は一つだけでも長編を構成出来そうな陰謀がいくつもちりばめられ、しかも完結していない。そしてこれらの伏線が回収されていないからこそ、後発の作品に様々な形で利用されている。

 思いつくままに挙げれば、後水尾帝の皇子暗殺。徳川の血を引く天皇を誕生させる為に、中宮和子以外の女官の生んだ皇子を密かに始末されたと言う陰謀である。此処までやっても、徳川家の外戚作戦は実らなかったのであるが。

 この設定を引き継いでいる作品の一つが隆慶一郎「吉原御免状」である。主人公松永誠一郎は消された筈の皇子で、これを救い彼に剣を教えたのがかの宮本武蔵であった。この武蔵対柳生というのも剣豪小説で取り上げられる主題の一つである。

 「武芸帳」のもう一つの主題が柳生流を中心とした陰流の諸派の戦いである。作中で柳生の主敵となるのが疋田陰流・山田浮月斎。柳生流の開祖石舟斎の兄弟子に当たる疋田文五郎の直弟子である浮月斎は柳生の”一人勝ち”に対して激しい敵意を燃やします。

 柳生流も決して一枚岩ではなく、大和の柳生と鍋島柳生の軋轢があり、そこに鍋島家の旧主龍造寺家の再興問題が絡んできます。これには古くからのネタとして”化け猫騒動”がありますね。

武蔵対柳生

 剣豪小説における宮本武蔵像を作り上げたのは疑いなく吉川英治であろう。それに対して”武蔵二人説”を小説として書いたのがやはり五味康祐。五味作品では武蔵と柳生一門は必ずしも敵対関係にないが、やはり武蔵と柳生のどちらが強いかというのは剣豪小説の主題の一つであった。史実では戦っていない両者の決着を如何に付けるかという点に様々な工夫が用いられる。

 死せる剣士達を蘇らせることによってその夢の対決を実現させたのが山田風太郎「魔界転生」。それ以外にも武蔵の弟子を柳生の剣士達と戦わせると言う設定は多い。先に挙げた「吉原御免状」もそうだし、えとう乱星「用心棒・新免小次郎」シリーズもその遺髪を継ぐモノと言える。

メディアミックス

 本歌=元ネタは小説だけではない。柳生モノは映画やTVドラマになっており、特に「柳生一族の陰謀」はこの手の定番となっているらしい。自分自身は先頃やったリメイク版しか見ていないのだけど。この中で十兵衛の架空の妹として登場する茜というキャラが居るのだが、某格闘ゲームで女十兵衛の名前が”茜”だったとか。

言い訳

 この手の”元ネタ探し”はきりがない。作品Aと作品Bが同じネタを扱っているからと言って、一方が他方のパクリとは限らない。単に同じ史料あるいはネタ本から取ってきただけかも知れない。昔、錬金術をテーマとしたマンガが二つあって、一方が他方をパクったという話があった。知名度の高いマンガAの読者は錬金術という概念が漫画家のオリジナルだと思いこんだ結果である。

 繰り返しになるが、知らなくても楽しめるのが正道で、知っていればなお楽しめると言うのはマニア的な発想なのだ。

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